学生クルーとフラガ達は、ブリッジを出て格納庫で待機する事にした。
キラがストライクから出てきて、何が起きてもすぐに対応出来るようにしてやりたかった。
例え、キラをこんな風にした罪悪感に突き動かされた結果だとしても、それでもやれる事はしてやりたくて。

ここまでの道中、勿論彼らはトリィを探しながら来た。
キラの笑顔を守るには、必要不可欠だと思い知らされたから。
しかし、どこに飛んでいってしまったのか。
はたまたどこに隠されてしまったのか。

探した限りでは、トリィを見つける事が出来なかった。

フレイは、格納庫へと来たトール達をあの顔のまま睨み付けた。
その瞳には、邪魔者への憤怒の思いが映し出されている。

だが、トール達は何も言わなかった。
今のフレイには、トール達とて口汚い言葉しか掛けられそうになかったから。
サイだけはそれでもフレイに近付こうとしたのだが、フレイはサイの振り払ってどこかへと行ってしまった。

誰もフレイが出て行った事に関して言及しないのは、只単に後回しにしただけだろう。
フレイのしでかした事は軍において重大な規律違反だが、士官が最低限しか居ないアークエンジェルでは軍法会議を開く余裕など早々生まれないし、そんな事をするよりもキラを何とかする方が先決だからだ。
勿論、これがすんだらすぐに開かれる事になっている。

ストライクがハンガーに固定される。
機体が静まった頃、トール達はストライクへと近付いた。

中からコックピットが開く。
ヘリオポリスで着ていた私服を纏うキラが、出てきた。
どうやら、軍服は着ていたくなかったらしい。

「おい!大丈夫か?ぼうっ・・」

フラガは二の句が告げなくなった。
何故なら、勢い良く出てきたキラに言葉尻を取られたからだ。
フラガの服を引っ掴み、必死の形相でキラは問い詰めてくる。

「トリィは?トリィはどこ?!」

勢いのまま、キラはフラガの身体を揺らしてくる。
今のキラの頭には、トリィの事しかなかった。
だから、これだけの人間に囲まれても、恐慌状態に陥らずにいられる。

そんなキラの様子に、自分達は既にキラの視界には入っていないのだと自覚させられたトール達は、皆一様に瞳を伏せた。
握った拳に、無意識に力が入る。

大人であるフラガは両者の様子に、内心で苦笑を浮かべた。
誰が悪いかなんて言ったら、きっと誰も悪くない。
ただ責任を取るべきは、大人である自分達であるべきなのだろうと思って。

「あー・・・それはだな〜・・・」

正にお茶を濁したかの様な物言いに、キラはここにトリィは居ないと感じ取ったらしい。
フラガを掴んでいた手を離して、トリィを探しに行ってしまった。

「トリィ、どこに居るのさ・・・」

探しに行こうとするキラを、皆が引き止めようと手を伸ばした。
でも、掴める訳がなかった。
だって、追い縋っても自分達には何もしてやれない事を、もう知っている。


厳粛な空気が、艦長室に流れる。
今度は、フレイの起こした事件についての会議だ。
部屋には、マリューとフラガとフレイの三人が居た。

戦闘行為を避けるとは言え、何時ザフトに見付かるかは分からない。
だから、ナタルに一時的に指揮権を預けて、マリューとフラガでフレイを裁く事にした。

フレイは、民間人を強制的に戦場へと駆り立て、かつ指揮権のない二等兵でありながら、上官の指示なく兵器・・・ガンダムを動かした重罪が問われている。

しかし、これは軍法会議とは言えなかった。
幾ら罪を犯したとは言え、精神異常を来たしている者を罰する事は出来ない。
見るからにフレイは、キラとは違った意味で精神異常を起こしていると言えた。

目が既に可笑しいのだ。

「フレイ2等兵・・・何か申し開きは?」

けれど、知りたかった。
マリューやフラガなどの大人が追い詰めた結果、どうしてこんな事をしてしまったのかを。
だから、口調は自然と尋問の様になってしまった。

聞かれたフレイは、その口を醜く歪めた。
笑っている、らしい。

「何?コーディネイターをナチュラルの為に戦闘させるのが罪なの?」

フレイの壊れた高笑いが、部屋に木霊した。
マリューの手に。言い知れない力が篭る。
何て事を、自分はしてしまったのか。

そんなマリューの肩にフラガは手を置き、ウインクを送った。
落ち着け、一人ではないというかの様に。

フラガの気遣いに少し落ち着いたマリューは、高笑いを続けるフレイに悟られない様に重い息を吐いて、言葉を続けた。

「罪も何も、民間人に戦闘行為を強要する事は、軍法違反ですよ?」

これは軍法会議ではない。
でも、一応は言っておかなくてはと思った。

「・・・自分達がしたら許されるのに、私がしたら許されないって言うの?私は、貴方達と同じ事をしただけよ?それなのに、どうして私だけが責められる訳?」

フレイの言う事はもっともだろう。
民間人である筈のキラに最初に戦いを強要したのは、他でもない、軍人であるマリュー達だ。
しかもその点で言えば、きっとフレイよりも罪深い。

何故ならマリュー達は、軍人としての勉強も訓練も受けてきた人間。
フレイよりもずっと、民間人に戦いを強要させる事は罪深い事を知っている筈なのだから。

マリューもフラガも、狂った様に笑うフレイを前にして、何も言い返せなかった。
分かっていてここまで来た筈なのに、改めて突き付けられたら動けなくなってしまったのだ。

それでも、何時までも固まって居る事は出来なかった。
突如として、警報が鳴り響いてきからである。

「総員直ちに戦闘準備をせよ!繰り返す!総員第1級戦闘配備」

「何事なの?!」

「多分だが、先刻の騒動で、敵さんにこっちの居場所がバレちまったんじゃないか?」

そうは見せないが、頭の回転の良いフラガが的確なところを付く。
慌てて、マリューとフラガは部屋を出た。
フレイに、自室謹慎だけを言い渡して。

残されたフレイは、言う事を聞くでもなく、一人、恍惚の笑みを浮かべた。

「ねえ、キラ?早くあいつらを殺しちゃって。うふふ・・・」

フレイの心もまた、戦争の荒波に飲み込まれて、壊れていた。


「状況は?」

艦長室からブリッジまで走ってきたマリューが、艦長席に付く。
ブリッジは、戦闘を前にして喧騒に包まれていた。

「後方90にローラシア級、ナスカ級。前方に敵影3」

「熱紋照合、ブリッツ・バスター・デュエルです」

やはり、逃げ切るなんて事は出来なかったか。
自分達の護りは、スカイグラスパーとアークエンジェルの装備しかないのに。
不安げなクルーの目が、マリューへと集まっていく。
期待を掛けられたマリューは、何か答えなくてはと目まぐるしく頭を回す。

しかし、マリューが答えるよりも前に、ブリッジにフレイが入って来た。

「ストライクを出せば良いじゃない」

ブリッジ中の目が、フレイへと向けられる。
圧倒的不利な状況で笑える者など誰一人居ないのに、フレイだけは可笑しそうに笑っていた。

ナタルが、立ち上がる。

「奴はもう民間人だ。戦闘に駆り出す訳にはいかない」

「良いじゃない。今までだって戦ってくれてたんだから。それとも何?全員こんな所で死にたいの?私は嫌。だから、早くストライクを出してよ」

死にたくはない。
だが、ストライクを出したくはない。
例えそれが、甘い考えでも。

心を決めたマリューが、次の言葉を発しようとしたフレイを遮る。

「・・・バジルール中尉。投降信号を出して下さい」

マリューの決断が、とうとう下された。
守備の薄い今、無理に戦っても無駄だと考えたのだろう。
投降さえすれば、一応は条約の元に死なずに済む筈だと。

最低、自分が巻き込んだ学生達さえ救えれば良い。

「本当に宜しいのですか?」

「ええ・・・」

ナタルの再度の問いにも、決意を固めたマリューは揺るがない。
ならば、副艦長であるナタルは従うだけだ。

頷くナタルを見て、マリューは全員と目を合わせる様に、ブリッジ中を見渡した。

「捕虜となれば、死よりも辛い事が待っているかもしれないわ。いえ、条約があっても殺されてしまう可能性はあります。でも、死なずに済む可能性は、戦闘するよりもあります。構いませんね?」

目を向けられた者達は、力なくではあるが、笑って答えた。

「捕虜となれば戦わずに済むって事ですよね?キラを戦わせずに済むなら、俺は捕虜で良いです」

「私もです」

各々、言葉は違うが皆が同意をくれる。
マリューは一安心した。

けれど、フレイだけは違った。

「なっ何よ?!キラを出せば良いじゃない。何でコーディネイターなんかの捕虜にならなきゃいけないのよ!?嫌よ、私は絶対に嫌!」

フレイ程ではないが、コーディネイターに対して嫌悪感を抱いている者は多い。
例え、大切な誰かを守る為にと言う理由で軍人に志願したとしても、気が付けば周りに染まって嫌悪感を持って戦争に参加していたりするから。

大体、此度の戦争自体が、その感情を利用されたせいで続いているのだ。
それに気付いている者は、とても少ないが。

けれど、戦わない意思は勝る。

「フレイ二等兵、既にこの艦は戦う意思を持ちません。それでも、戦いたいと言うのなら・・・、貴方がストライクに乗りますか?」

喚き散らすフレイに、マリューが一つの提案をする。
捕虜になりたくないと叫ぶのならば、自分が戦えと言う事だ。

「嫌よ!!何で私が!!」

「あれも嫌、これも嫌。戦う意思もなく、自分の手を汚す気もなく、それで自分の意見が通るとでも思っているのかのですか?戦場は、そんなに甘いものではありません!」

滅多に起こる事のないマリューの言葉だからこそ、迫力がある。
フレイは言葉を失った。

それを見て、マリューは最後の指示を出す。

「投降信号を送って下さい!!」





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