熱源反応を感知してモビルスーツ隊を出撃させてみれば、足つきから出てきたのは、ストライクでもモビルアーマーでもなく、『投降信号』で。
ヘリオポリスからの因縁がこんな形で決着するとは、この艦にいる誰もが考えていなかった。
正に呆気に取られた。

「ほーお・・・面白い」

顔の半分を覆う白い仮面を付けた金髪の男・・・クルーゼが、通信兵に告げられた言葉に、本当に楽しげな声音で返事を返す。
間違いなく、この状況を楽しんでいるのだろう。

対して、こんな返事を返された通信兵だが、普通なら、発したのが上官とは言え、状況が状況の現状でそんな言葉を返されたなら、『はぁ?』と怒りの一言でも上がりそうなものだが、その程度のクルーゼの反応など慣れたもので。
怪訝な表情一つ見せず、淡々と業務を続けていた。

ヴェサリウスのブリッジは、因縁の敵艦から送られてきた唐突な投降信号により静まり返っていた。
悠然と構えているのは、本当にクルーゼだけである。
だから皆、一様に神妙な顔つきをして、上官の決断を待っていた。

「隊長、どうなさるおつもりですか?」

「『投降』してきた者を手荒に扱うのは、聊か世論も五月蝿いだろう。・・・それに、ストライクのパイロット、見てみたいとは思わんかね?」

ニヤニヤと笑うクルーゼに、アデスが問い掛ける。
クルーゼの答えは、軍人にあるまじきものと言えた。
けれど、人間ならば致し方ない答えと言える。

クルー達から向けられてくる視線に反論はないと判断すると、クルーゼは部下へと正式に命令を下した。

「あいつらに伝えろ。『足つきを連行して来い』と」

「了解しました」

命令を契機に、ブリッジは俄かに喧騒に包まれる。
クルーゼはその様子に満足しながら、フと顎を抱えてアデスを見やった。

「確か、アスラン・ザラは、まだイージスの補修が間に合わずに艦内待機をしていたな?」

まるで、世間話でもしているかの様な問い掛けである。
だが、それこそがクルーゼだ。
アデスは部下への指示を一先ず打ち切って、クルーゼの質問に答えた。

「その通りです。現在はミーティングルームにいる筈ですが、呼び出しますか?」

真面目な顔で答えるアデスを見返しながら、クルーゼは考える。

アデスは、知らない。
アスラン・ザラと足つき・・いや、ストライクのパイロットとの因縁を。
だから、アスランが前回あからさまにストライクを庇う行為をしたと言うのに、クルーゼが何の咎めを出さなかった事を不審に思っている。
それでも何も言わないでいるのは、アデスが軍人だからである。

クルーゼが何も咎めなかったのは、これから先の戦局は、“彼ら”によって進められて行く事を知っているからだ。
これは勘などと言う、滑稽な代物ではない。
確かなる情報によって導かれたものである。

何故ならクルーゼも、“彼ら”と同じ場所で生まれた存在だから。
もっとも、クルーゼは失敗作、なんて言われてしまっているけれど。

「アスラン・ザラを格納庫に呼べ。事の顛末を話してからな」

アデスはきっと、因縁のパイロットを見せてやろうと言う私からの配慮だと思っている。
だが、真実は違う。

まだ歳若い彼らはどう動くのかを、クルーゼは見たかっただけだ。

長きに渡って終わらない戦争の、戦局を変えるだけの力と秘密を持つ少年達。
闇に染まり、世界に絶望するクルーゼは、この世界に何の希望を持った事はない。
だから、彼らが絶望に染まって世界を混迷に陥れると言うのなら、それもまた良いと思っている。
しかし、だがしかし、もしも世界を平和に導けると言うのなら、その時は・・・。

そこまで考えて、クルーゼは苦笑した。
何を自分は考えているのだろう。
そんな感傷はとうの昔に捨てたものだと思っていたのだが、歳若い少年達を見て、久しぶりに思い出せたものがあった様だ。


「どう言う事だ?」

足つきを攻撃範囲内に収めた瞬間にきた、母艦からの突然の指令変更。
確かに、足つきからは投降信号が出ているが。

イザークが疑問の声を挙げれば、ディアッカとニコルからも首を傾けた雰囲気が伝わってくる。
何故、『撃沈命令』が下っていた筈なのに、投降信号が出た途端に、捕虜にする事になっているのだろう。

軍人だから、逆らう事はないけれど、人間だから疑問を抱かずには居られない。

「さっすが、ナチュラルだね〜。簡単に考え方を変えられるんだから」

「・・・一体、何が目的なんだ?」

何時もなら、ディアッカの冗談めいた口調には冷たい言葉を返すイザークだが、今回ばかりは戸惑いの方が大きいらしい。
だが、このままここでナチュラルの脳内についての論議を話し出す訳にもいかない。

三人は、命令をこなす為に動く事にした。

「とりあえず、隊長の命令を優先しましょう。・・・僕が彼らと通信しますから、イザークとディアッカは足つきの両サイドについてもらって良いですか?」

イザークもディアッカも、どちらかと言えばナチュラルを否定している。
いや、弱い癖に卑怯な戦法で以ってコーディネイターを弾圧するナチュラルを嫌っていると言っても過言ではない。
戦時中なのだからそれも致し方ないが、今それを出されては困る。

クルーゼの思惑を聞いてない今、これから連れて行くナチュラルをあまりに不等に扱う事も、逆に優遇する事も、どちらも極端にしてはならないだろう。
不等に扱っておいて、後で彼らの中には重要人物が居たと言われても困るし、優遇しておいて、彼らは見せしめとして殺す必要があったと言われても困る。

だからこそ、ナチュラルと直接話す役目を、ニコルは自分から引き受けた。
ニコルならば、イザークやディアッカの様に全面に悪感情を出さず応対出来るし、下手な優遇もしないで冷静に行動出来るから。
二人よりも歳若いが、意外にニコルの方が自分の感情をコントロールする事に慣れていた。

それはきっと、音楽家として今までにリサイタルを何度か開いた事があるからだろう。
どんなに暗い感情であっても、楽しい音を奏でなければならない時はあるし、その逆をしなくてはならない時もあったから。

ニコルは、ニ人の反発がないのを良い事に、さっさと足つきへと通信パネルを繋いだ。

「初めまして、足つきの皆さん。僕はザフト軍所属GAT-X207ブリッツのパイロット、ニコル・アマルフィーです」


アークエンジェルの画面に突如映し出されたのは、緑色の髪を持つ、戦場には似つかわしくない柔和な笑みを浮かべる少年だった。
ブリッジに居た面々は、今までこんな年端もいかない少年と戦っていたのかと、ある者は恐怖し、ある者は・・・悲観した。

「ご丁寧にありがとうございます。私は地球軍第二宙域第八艦隊アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアス少佐です」

例え相手が、年端もいかない、自分よりも年下の少年であろうとも軍人は軍人である。
マリューは、真っ直ぐと敬礼を返した。

「ラミアス少佐ですね?僕達がヴェサリウス・・ザフト所有の軍艦まで案内しますので、付いて来て下さい」

画面の中の少年は用件だけを述べると、一方的に通信を切った。
笑みを浮かべていても、馴れ合いはしないと言う事だろう。

外の映像を復帰させれば、バスターとデュエルがそれぞれアークエンジェルの左右に付いて、こちらへと武器を向けていた。
下手な行為をすれば、即座に照準の合った武器から熱が吹く。

ゴクリと、誰彼ともなく唾を飲んだ。





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