戦闘後の慌しい格納庫で、人込みの中を縫う様にして軽やかに飛んでいく者が居た。
あちらこちらから掛けられる労いの言葉もそこそこに、彼は目的地へと向かって進んでいく。
普段の飄々とした空気が少しだけナリを潜めているところを見ると、それだけ目的地に居る人物が心配だからなのだろう。


「戦闘直後のパイロットを呼ぶなんて、只事じゃないんじゃないか?何があった?」

「いや〜坊主がまた出て来ないんですよ」

先刻の戦闘は、ストライクを狙ったエネルギー砲が、何故かストライクを庇ったイージスに当たり、そのせいかザフトは早々に引き上げていって。
それなのに、無傷なストライクが無反応で。
何が起きているのかサッパリ過ぎて腑に落ちないながらに、艦長にまで帰投を命じられては帰還するしかなく、こうやって帰って来はしたが。

やはりと言うか、何と言うか。

コックピットから出てすぐに、フラガはこうして呼ばれた。
それがブリッジならば、話は簡単だ。
直前の戦闘について、艦長が直接聞きたい事があるからに他ならない。

しかし、「ストライクの元に」と言われてしまっては、重大な何かが起きたのかと考えられる。
何より、戦闘機乗りとしての勘が、嫌な感じがすると告げている。

キラは、元々、一介の、戦闘訓練も受けてない学生だ。
例え、『フラガとは違う』、コーディネイターだとしても。
本来ならば、何時、異常事態が起きても可笑しくなかったと言える。

だがそのキラが、アークエンジェルの生命線。
大げさな言い方でも何でもなく。
キラが居なければ、この艦は早々に、ガンダムシリーズを四機奪っていったザフトによって沈められていただろう。

フラガは、色々な意味で、『何ともないでくれ』と願いながら、振り返って答えたマードックと場所を入れ替わった。

戦闘を終えて、整備士がやって来たにも関わらず一向に開かないコックピット。
キラは本人の望みとはかけ離れて、マードックを始めとした整備士達よりも階級が上となってしまっているから、マードックの権限でここを勝手に開けてしまって良いかが微妙で、わざわざフラガを呼んだ訳である。

マードックの言葉を聞いたフラガは、あからさまに溜め息を吐いて頭を掻く。
面倒臭がり屋を演じている彼の、何時もの態度だ。
つりはこの程度の状況下では、パイロットとしての精神鍛練のおかげか、歴戦の猛者たるフラガなら、まだ冷静で居られていると言う事を指している。

何より、自分が取り乱せばこの艦は揺れると、驕りでも何でもなく、事実としてそうフラガは捉えている。
だから、フラガが取り乱す事は、きっと最後の最後までありえない。

「はぁ〜、またか・・・。今度は一体何だってんだ?」

悪態を付きながら、フラガは外部スイッチを押して、コックピットを強制開錠させた。
パイロットが戦闘で大怪我をした時でも、救助活動がスムーズに出来る様に、得てしてこう言った機体には外部スイッチが付けられている。

コックピットは、簡単に音を立てて扉は開いていく。
しかし、中からは何の反応もない。
普通、こんな事をされれば中から何かしらの反応があるだろう。
中の者が怪我をしてそれどころではないと言うのなら、話は別だが。

フラガは、身を乗り出す様にしてコックピットの中をよく覗き込んだ。
不思議な事に、パイロット席には誰も座っていなかったのせいである。

これは、さすがにおかしい。
ちゃんとキラはストライクに乗った筈であり、勝手な戦線離脱はしていなかった筈だ。

しかし、パイロットはコックピットに座っているものと言う固定観念を外せば、すぐに見つかった。
キラは、椅子のすぐ脇にある、僅かなスペースに身を隠す様にして居た。

「どうしたよ、坊主?今度はどうしたってんだ?」

外からフラガが呼び掛けても、キラは何の反応も示さない。
それどころか、フラガが声を掛けた途端に、怯えた様に大きく背を揺らしてきた。
震えが徐々に大きくなっている様だ。

何故、今更こんな反応を示すのだろうか。

「・・大丈夫か、坊主?」

キラの尋常ではない様子に、フラガは本気で心配した。
何が、今のキラに起きているのか。

頭の中で、煩い程に警鐘が鳴り響いている。

フラガはこの状況を何とかしたい一心で、キラへと手を伸ばした。
しかし・・・
その手は受け入れられる事なかった。
酷く乾いた音を辺りに響かすだけの結果に終わってしまった。

全力で拒絶されたらしい。
フラガが己の手を見れば、そこは酷く真っ赤になっていた。
それだけ、キラがこの手を嫌がったと言う事になる。

跳ね除けられた手を擦りながら、フラガはマードックと顔を合わせた。
しかしこんな反応は、まだ序の口だった様だ。

「・・・誰?恐い。・・・嫌だ!来ないでよ!!」

キラの反応は、まるで自分達の事など知らないかの様であった。





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