「いやだ――――――ッ!!」


その時キラの瞳に映ったのは、ヴェサリウスから放たれた単装高エネルギー収束火線砲からキラを庇おうとする、一瞬前まで相対していた筈のイージスの背中だった。
何故、目の前にイージスの背中があるのだろうか。
訳が分からない。

しかし、どんなにキラの時が止まったとしても、時間は本来永続するもの。

巨大な筈の機体でさえ小さく感じる程の大きな爆炎が、一気に上がった。
人に無力感を与える、燃え盛る恐ろしい赤。
その赤は、けれど青き雄大なる海へと吸い込まれる様に落ちていった。

どうしてそんな事になったのかなど、キラにはまだ分からない。
ただ、気が付いた時には起きていた事態。
この事が最初から想像出来ていたら、戦争など・・・あのアスランと仲違いする筈などなかった。
『戦える』訳がなかった。

目の前に広がる恐ろしい光景にキラの瞳は見開かれたままで、心に受けた衝撃の酷さ故に言葉も発せずに居た。
脳が考える事を受け付けてくれない。

だが、良く見れば、ヴェサリウスの単装高エネルギー収束火線砲に打ち落とされたのは、イージスの右腕でだけであった。
アスランの凄まじい動体視力でもってエネルギー砲が狙っているであろう部分に右腕を当てた上で、高いプログラミング能力を使って右腕部分に元々防御力の高いイージスの能力を集約させて、更には機体本体に爆発の影響が出る前に右腕を切り離せたおかげだ。
つまり、ナチュラルよりも天才が生まれ易いコーディネイター内においても、上を行く天才でなければそんな事は出来ないであろう芸当を、アスランはやってのけたのである。

だからアスランは、当れば戦艦一隻をも沈める威力を持つエネルギー砲を相手にして生きていられた。

しかし、動揺するキラにそんな事が分かる訳なかった。
一歩間違えれば死んでいて当然の場面だったのだ。
最悪の事態だけが脳裏を過ぎっても仕方がないだろう。

「アスラン?!大丈夫ですか!」

イージスと繋げていたスピーカーの向こうから、キラと同年代であろう少年の気遣う声が聞こえてきた。

例えその姿は、機体に覆われて見えずとも、あれら全てに『人』は乗っている。
長い戦いの中で、キラはすっかりその事を失念していた様だ。

いや、正しくは違うだろう。

考えると言う事は迷いであり、迷いは死を招く。
戦場では、たった一瞬の差が、生と死とを分けると言っても過言ではない。
キラは巻き込まれた戦いの中で、自身の命と心と大切な友達を守る為に、何も考えぬ様にしていただけなのだ。

『生身の人間』と戦っていると言う事実を考えてしまえば、待っているのは自身の死。
ひいては、友達の死だから。

けれど、キラが忘れていた、相対する機体にも、キラと同じ人が乗っていると言う事実。
その『人』は、今のキラには出来ない、アスランを心配すると言う行為をしている。
アスランに甘えて、だから死を考えずに居られた自分には、心配するなんて簡単な事さえ出来ないのに。

元から危うかったキラの心が、絶望に絡め取られていく。
自力では這い上がれない、奈落の底に落ちていく。

瞳から急速に光が失われていき、コンソールパネルを叩いていた指は力なくダラリと垂れ下がった。

輝きを失い何物をも拒絶した瞳は、まるでガラス球の様で。
生気を失った肌は、まるで蝋の様で。

人は何を以って『生きている』と言えるのか。
今のキラは、まるで人形の様にしか見えなかった。


怖かった。
自分が死ぬ事ではない。
友達を死なせる事はではない。

アスランを失う現実が、キラは恐いと思った。


だからキラは、一つの『答』を求めた。

これは、“戦える”自分が居たから起きた事態。
ならば、“戦える僕”なんて居なければ、これは起きなかった事態。

“戦える”自分さえ居なければ、戦わずに・・・あんなアスランを見ずにすんだ筈だった。

キラが求めたのは、一つの『答』。
それに応えたのは・・・。


『じゃあ、ちょっとの間だけ眠ちゃっおうか?』

低くもない、けれど高くもない。
何ら特徴の見出せない不思議な声が、キラの頭に直接響いてきた。
それも、耳を通さず直接。

己の“内”から響く、己の“声”であった。

『“戦える”キラは、いっぱい頑張ったからちょっとだけお休みしようね。その間、僕が前に出てるから』




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